sketch/2016.1.1【私の体裁】

昨夕から取り掛かっていた大工仕事をしながら思う。『二面性を美しくユーモアに描く』って言ってもなぁ。何やら新年早々雲行きが怪しい。毎日毎日そんな壮大なスペクタクルが書けるはずが無いし『美しい』というのが引っかかる。美しさとユーモアの融合は難しいとか思いながら頭を悩ますが、『これは今日じゃないと書かないな』という題材が浮かんだ。


 「突然だが、今日から私はフリーランスだ。」


 のらりくらりと月日を過ごし、運良く新しい事務所が見つかれば「移籍します!」などと体裁良くするつもりであった。落ち着くまでは窓口やHPの管理も今のままなので、しれっとしてれば良い話である。そもそも、ミュージックファンには事務所がどこであろうが関係ないはずだし、どうでも良い話である。


 さて、なぜ事務所を辞めるのかについても、私の体裁も、ここに記すことは違うだろうから、控える。


 ただ、はっきりしている事は、TIME STREAMシリーズは続くし、私はこの一年で大きく成長したつもりでいる。そもそも、セルフマネージメントであったならば、弾き語りの作品を出すなど、思い浮かばなかっただろう。それも1年で4枚とか笑ける。(実際、周りのミュージシャンに仰天された)


 それを大真面目に提案してくれ、やろうとしてくれた事務所に、私はこれから一生かけて恩返しをしていこうと思っている。残りの二枚を完成させたら、恐らくもう弾き語りアルバムを作る機会は、よっぽど熱烈な協力者が現れない限り、有り得ないだろう。有ってもお断りするかもしれない。(しかし今後次第では、味を占めて作り続けるかもしれない。)


 人生の中で、長い時間をかけて私を育んでくれる人がたまに現れる。しかもその人達の殆どは、私に傷跡を残して去って行き、私はいつまでもそれに恩を感じるのだ。『くそ~』と思いながらも。時々成長している自分を見つけては、感謝をする。


 私たちは、音楽と生活している。運良く大金が舞い込めば、また良い音楽を生み出す為に使うだろう。私はまず、ハワイへいくだろう。


 「人を幸せに出来るミュージシャンになりたい。」(制作側にも、オーディエンスにも)大金を稼ぐ、ミュージシャンになりたいし、その為にはやりたくない。あべこべもいいとこであるが、実際あべこべなのだから仕方あるまい。


 


 女優の田中裕子と、ジュリーこと沢田研二夫妻がカウンターの奥に見える。


 安っぽい赤提灯の店はとても芸能人が来そうにない佇まいだ。ジュリー、田中裕子、社長、私、マネージャーの塚本の順でカウンターに横並びだ。


 こちらを向いている社長がもっている煙草の副流煙が、さっきから田中裕子にもろかぶりで、彼女はとても煙たそうだ。社長は気づいていないけれど、私は言えない。こちらに気を使って煙草を持つ手を後ろにそらしているので、なおさら言えない。ジュリーは、もう1人の男性との話に夢中で嫁の緊急事態に気づいていない。私はジュリーだと気づけなかった。塚本はすべてに気づいていたらしい。社長は誰にも気がついていなかった。そして、こんな事を言っていた。


 「オーケストラとボーカルだけってのを、笹倉君でやりたいんだよね。」(いつか本当にやってみたい。)


 去年の師走のことである。いや、もう一昨年の、だ。


 マネージャーの塚本は黙って傍にいてくれている。


 見守っていてくれる人、そしてちょっとした痛みを残して去ってゆく人。


 私にとっては、どちらも恩人だ。


 なぜ事務所を辞めるのかについては、ここに記すことは違うだろうから、控える。


 私の体裁はといえば、精一杯この文章の中に詰め込んでしまった気がする。


 相変わらず私の人生には、別れが絶えない。2016年の元旦である。