sketch/2015.5.31

富士宮やきそばが好評だったので、仕込んでおいたナポリタンがそのまま賄いになる。19時を回ってもまだ明るい。食事をとりながら少し昔の映画を見る。最近の映画に少ない、解決しない物語。映画が終わると、物語から放り出されてしまい、もやもやした時間がやってくる。そんな歌が書きたいと思っていた時分の事を思い出す。

sketch/2015.5.30

guzuriは久々の営業。外の光が眩しすぎて、テラスから店内に入ると目がついてゆかないほど。アイスコーヒーを仕込む。富士宮やきそばのキャベツを仕込む。夕方まで休む間もなく過ぎてゆく一日。遅い夕暮れに公園へ出る。食事を済ませると、ニールヤングが無性に聞きたくなる。19歳の頃に作った春の曲に別のコードを当てる。15年前のメロディーが輝き出す。

sketch/2015.5.29

予感めいたものがある朝。ギターを抱え、しばらく外を眺める。言葉が気持ちのあとから追いかけてくる。昔から待つのは苦手だけど、待てるということは幸せな事なのだろう。喉から気管の間を行ったり来たりする痛みと、むせ返すような咳がまだ続いている。

sketch/2015.5.28

本日のレコーディングのケータリング。彼らのセッションでは、いつもお米のおいしさに驚愕し、心を入れ替えようと幾度と無く決心するも、日々の慌ただしさに撲殺されてコンビニ夜光虫と化す。コンビニめしで空腹を満たした直後には決まって、この体に申し訳ない気持ち。

sketch/2015.5.27

今年の夏らしい風景のはじまりの一日。買い物がてらにスーパーマーケットの製氷機の氷をポリ袋に入れる。炎天下を歩くのにちょうど良い氷嚢代わり。行列のできるラーメン屋のラーメンはごくごく普通の、これぞといった具合の醤油味。そして初めて入る珈琲店は、その扉が、店に入る人を選ぶかのような佇まい。第一審査のように。扉を開けた決意の向こうには、そういった人の期待を裏切らない店内とマスターのこだわりがある。ほろ苦い珈琲と、今日は2年ぶりのCDリリース日。

sketch/2015.5.26

8時。駿河湾を望むサービスエリアで朝食をとる。明らかなバンドマンたちと、やくざ風の社長っぽい人との所帯が向こうのテーブルで賑やか。しばらくぼーっとしてから、よく晴れた日の斎場へ。一日のうちに何度も、狐につままれたような時間が矢継ぎ早にやってきては、心地よい5月の光と風と、汗をかきそうでかかない陽気と、すべてが打ち消し合って、帰り道の高速道路を走るほどに、何事もなかったかのような夜がはじまってゆく。体調はまだ戻らない。

sketch/2015.5.25

エアストリームに用を足しにいくと、もう1台の方は鏡面加工の作業中で、青空に銀色が光っている。絵に描いたような与太話をしている二人の頭の上では戦闘機が轟音を轟かせている。梅雨入りが近くなる。話の内容は今年の雨漏り対策とか。やはり体調は悪いが、良く歩く一日。本日は晴天なり。

sketch/2015.5.24

新東名から圏央道を走る。久々にここまで体調が悪化する。足柄SAのホテルは平日にも関わらず満室だというので、休み休みいつもの倍の時間をかけて入間にたどりつく。それでも、いいちこをウーロン茶で割ってしまう。よく眠れる。

sketch/2015.5.23

よく晴れている。朝食を食べてから、昨晩から良くない体調をおもんかばいながら筆をとるも、やはり良くなく、少し眠る。なんの夢も見なかった気がする。虫のしらせもない。ただただ平和な時間しかそこにはない。空が傾き出すと、もうすべてが変わってゆく午後。表に出ると、何事もなかったかのような午後。人生にはこういう日があるのだと知る。

sketch/2015.5.22

チェックアウトをしてから、そこからほど近い、年に一度伺う湖畔の神様に参拝をする。参道は苔生す杉の大木と石の階段が続く。社を囲む杉の先端は清々しく揺れていて、こことは明らかに違う時間が流れている別次元の光景。神々がそこで憩っているのではないかと思うほどに。昨年のお札を納め、また新しいものに。手を合わす。願い事はしない。決意だけを告げて聞いて頂く。

sketch/2015.5.21

昨晩の雨がら明けた空は晴天。少しの散歩と食事に出た以外は、缶詰。すこし部屋のレイアウトをいじる。壁に向かっているテーブルを窓のそばへ。そして30平米程の部屋のあり方をよく観察し、guzuriに持ち帰ろうと思う。隣室の外国人の出かける音がする。また夜が来る。幾つかのスタンドライトが効果的な光で夜の集中力を引き出してくれている。古い窓から夜の冷気が部屋に忍び込んでくる。

sketch/2015.5.20

山々は若葉の季節の真っ盛り。古い洋館の一室。古い建具と部屋の装飾。guzuriへ持ち帰るアイディアの宝庫。寝る時間を惜しんでまで作曲するのは久しぶりで、完璧に環境のおかげさま。かつて文豪が筆を走らせたであろう一室は特別な匂いがした。この日の食事はルームサービスのステーキだけ。冷蔵庫のビールを空けて、少し眠る。夜中の森に地鳴りのような音が轟く。雷を伴った激しい雨がゆくと、また机に向かった。空が白みだしてくる。また疲れたら眠ればいい。

sketch/2015.5.19

とにかくの疲労。guzuriはしばらく休もうと思い、その前にいつものダイナーで良いものを食べる。上の寿司。うまい日本酒。気分を入れ替える為に、どこか落ち着ける場所をネットで探す。昔の作家はよくホテルに缶詰で原稿を書き下ろしていたと聞く。今はどうなんだろう。

sketch/2015.5.18

訪れたお宅は、風が抜ける東京の西のまさに理想的な住まい。遠くまで続く高圧線。ここが昔、畑や田園風景だった連想が始まる。中央線と黄色い総武線の行き交うのを遠くに見下ろす。バルコニーはサンルームに改装され、トイレと浴室のタイルの色彩や古い建具のドアノブに至るまで、どこを切り抜いても抜かりない、自然に年月を重ねた奇跡的な物件に溜め息。愛車のvolvoも同じ色。

sketch/2015.5.17

帰りのJALよりも行きのLCCのたまたまあてがわれたVIPシートの方が乗り心地がよいということで、LCCにまた乗ろうと思う帰りの空。成田エクスプレスもいい。行きしなにたまたま手に取った文庫本を広げる。良い言葉と出会って少し元気になる。空港へ着くと無気力。バスまであと一時間。電車にする。いつもの改札を出て歩く。この疲労は酒の疲労であって、音楽をした疲労ではない。もう酒を辞めようか、そう思い夜を迎えるも、ふらふらと辿り着いた中華屋でいつも通り瓶ビールを空けてしまう。

sketch/2015.5.16

5時に起床し昼のライブに体調を合わす。演奏が終わり深夜1時まで飲みつづける。細野さんの隣で酒を飲めたことだけで十分に良い一日だった。階段を上る度に、出来ない事ばかりが目に余る。まぁ、それがずっと続けている理由なんだろう。とはいえ、今出来る一番の演奏はした。

sketch/2015.5.15

新宿駅は人でごった返している。30分以上もダイヤは遅れているが、成田エクスプレスに乗ったのは、そもそも羽田空港の集合時間を間違えたからで、もう乗りたくないと思っていたLCCの第三ターミナルへまたいそいそと向かっている。昨日から気分が優れなく、小さなミスを繰り返している。その集大成が飛行機に乗り遅れることだという事を願い、福岡へ向かう機内を過ごす。しばらく泣きじゃくっていた子供も、上空の安定した飛行になると無邪気な声を上げている。17年ぶりの九州、福岡空港は雨。

sketch/2015.5.14

初夏の陽射しが続く。9時からオープンしている朝の喫茶店でペンを走らせていると、あっという間に散髪の時間。半年ぶり。ずいぶんさっぱりした。夕方になると外は涼しいがハウスの中は熱が籠っている。夕方の西の空に渦を巻く縦の雲。明日からまた西の方へ出かける。16日の演奏時間に合わせて今夜から早めの就寝のはずが、そうもいかなくなり、結局いつも通り。

sketch/2015.5.13

朝のラジオは今日の晴天が今年初めての夏日であると伝えている。guzuriは朝から取材。バタバタと人が入れ替わり立ち代わり、夕方は大切な夫婦の為にテラスで少し歌う。ささやかに吹く風が気持ちいい。

sketch/2015.5.12

guzuri珈琲店営業日。夕方になり風が強くなる。小豆島から連絡が入る。郵送物は今夜海を渡れないかもしれないと。嵐の前の島の空気が伝わってくる。こちらでも雨が強く降り出すさなか、都心へリハーサルへ向かう。豪雨の中スタジオに入ると、轟音と森は生きている。明日は台風一過の晴天だという。

sketch/2015.5.11

地元富士宮の染物屋で物販の手ぬぐいハンカチを作っている。パッケージの包装紙を作る為に、裁断機のある施設へ。こだわったものだから、包装までこだわれてよかった。朝から飛び回る一日。帰り道、今夜の食事を作る気力は到底無い。この町で一番生ビールのうまい店に落ち着く。

sketch/2015.5.10

成田エクスプレスからの眺めは初夏の陽射し。刹那、川遊びをする子供が横切る。遠い夏の記憶をくすぐる。四街道を過ぎるともう住宅ばかりの景色に変わってゆく。そこからしばらく、小岩を超えてゆくとビル街。高層ビルが近づくと、真っ暗な地下へ入る。新宿で降りるとぐったりしてしまう。隣のホームのアズサでどこかへ行きたい気分をこらえ入間へ。待っているのは掃除洗濯、大掃除。夜も遅くなってから、今日が母の日だと気がつく。

sketch/2015.5.9

雨模様の朝から壮大なサンセットまで、めまぐるしく動く空と6度目の小豆島。300年以上も受け継がれてきた農村歌舞伎は、きっと僕らが人生を終えた後も生き続けるのだろう。ほんの瞬きの間、その舞台に上がらせてもらう。きっとまた時間を積んでこの島に来よう。いつでもそう思える、帰りたくなる場所。

sketch/2015.5.8

できるのなら、このまま1週間ほど小豆島に滞在して、リハーサルを重ねてバンドツアーに出たい。気の置けるメンバーと、潮騒を見下ろすロッジで夜を過ごす。立夫さんに伊賀さん、マヒトさんと克彦さん。都会のコンサートではありえない時間の共有。気がつけばこのバンドが始まって2年が経つ。

sketch/2015.5.7

朝の調律の音。洗濯、掃除機をかけて、マイクスタンドのセッティング。ギターと歌。下準備の一日。YAMAHAの音叉マークのFGギターを収集しはじめているが、今日も近所のリサイクルショップで救出。4桁で買える名作ギター。まさに宝探し。

sketch/2015.5.6

陽射しのわりに風が涼しげ。guzuri珈琲店のゴールデンウィークが終わる。相変わらずの暇な写真家とデザイナーが公園でフリスピー対決をしている。勝者はguzuriフリマの200円のシャツをゲットできるのだという。のんきでいい。夜になって録音の下準備をする。guzuriを見回し、もっといい環境を想像する。JTのSqubnocketのDVDを見ながら食事をする。小豆島で見つけた醤油蔵を改装できたら、まさにスクィブノケット岬にあるというJTのスタジオのようになるだろうな。

sketch/2015.5.5

こどもの日。公園は賑やか。guzuriも一日中客足が途絶えない。そういえば去年もそうだった。たしかタウンがテレビに出て、その反動はすごかった。今年はそこまででは無いが、いよいよこの町は観光地になったのだと思った。のんびりとした職人小屋と、お隣の画家老夫婦。休日には向いの洗車場で車を洗う音がしていた昼下がりは、もう8年以上も前のこと。景色が変わってからの方が長いけど、変わってゆく程に原風景を回想してしまうのは、いつの世でも常なのだろう。

sketch/2015.5.4

電波の無い場所に来ると、開放された気分になる。先日復旧させたiPhoneも、本当はもう要らないと思ってる。ここ数年は、手軽さにかける時間だけが増幅していた。大量のカセットテープから開放されたボイスメモには非常にお世話になっているが、本当はその場で譜面に起こす技術が欲しい。ゴールデンウィークの大渋滞は人生で始めてのことで、テレビの中の車の行列を、やれやれと眺めていた事を思い返し滑稽な気分になる。ジーパンに沢山ついた菜の花の花粉の黄色。夜の住宅街に帰ると、夢から覚めたよう。超アナログな事。それに時間を費やせることが、一番の贅沢だという時代がもう始まっている。

sketch/2015.5.3

山深い村の音楽堂まで6時間のドライブ。見渡す限りの山。ふと、空気の存在を意識する。血液に取り込む酸素の存在を、あまりに気持ちの良い呼吸の中で思う。山の祭りと、音楽堂では、羊毛くんのBOCOSとグラーバの演奏。飛び入りで2曲うたう。

sketch/2015.5.2

世間は連休。よく晴れている。タウンは観光客で賑わうも、guzuriは蚊帳の外。看板も店の在処も、目の前に来ないと分からない。誰かが、ここを発見する喜びから始まっている何かをほくそ笑んで、今日も珈琲をおとす。曲を作るのと、なんら変わりのない心境。

sketch/2015.5.1

午前中から夕方までリハーサル2件。森からマヒトさんの流れ。どちらもずいぶん久しぶりに会うはずだけどタイム感は変わらない。明日は早朝の出発予定だと言うマヒトさんと駅まで歩く。虫の音と半袖の姿。夏のよう。寝過ごして池袋から戻って来ないで下さいねと念押をする。日没と同じくして飲みはじめ、まだ夜の早い時間の駅。確実に季節が過ぎて行くのを感じる。

sketch/2015.4.30

本題の撮影の合い間にちょいちょいこちら側を向くカメラ。ちょくちょくPCに送られてくる僕の映った写真。撮影という言葉を飛び越え「描写」をする写真家の姿。濱田英明という写真家の撮影に一日密着して感じたそれは、素晴らしい演奏を目の当たりにした時のあの、喜びが溢れ出す感動と同じなのだった。