sketch/2015.12.17【カントリーロード】

 ヤフオクでゲットした無印のベッドフレームを引き取りに車を走らせる。多摩寄りの八王子までの道のりは、guzuriのゲストルームに念願のベッドを導入するためだ。


 甲州街道を尻目に多摩川を渡った辺りから始まる丘陵には、山の斜面に所狭しとコンクリートマンションが立ち並ぶ。子供の頃からなぜか団地の子に憧れていた私は、今でも団地群を見ると胸がときめく。そしてほんの少し駆け抜けただけの、しかも始めての町に、胸を締め付けられる思いがするのには訳がある。


 ふるさとの富士宮には富士フイルムの社宅の団地群があり、それに隣接している形で私の所属していた野球チームのホームグラウンドがあった。区画整理された団地の奥には大人の使う野球場があり夏祭りもそこで行われていた。始めて出来たガールフレンドの白いスカート、盆踊り、友人らが私たちをちゃかす声が今でも甘酸っぱくきこえてくる。ふるさとの団地とは比べ物にならないスケールではあるが、思いがけず迷い込んだ多摩ニュータウンの団地に、もう一つの甘酸っぱいエピソードを思い出さずにはいられない。


 あの日私たちは、身延線で富士駅まで、それから東海道線へ乗り継いで静岡市内を目指していた。彼女は白いスカートで、私は真っ青なTシャツを来ている。真夏の車内は満席で座る事ができず、冷房もそんなに効いていなかったんじゃないかな。不意に具合を悪くしてしゃがみ込む彼女。肩を抱いて介抱することなど14歳の私には到底出来ず、せめて窓からの強い陽射しをと、手持ちのハンカチタオルで影を作っていた。富士川を渡る橋の辺りからだったので、すいぶん手が疲れた。例えば、朝礼でなかなか解かれない”前へ習え”と同じ様に疲れた。


 静岡駅に着くと彼女はケロッとした感じで歩き出したのでほっとした。地下道を抜け、札幌かに本家と西武デパートの間の階段から地上へ出る。真夏だ。コンクリートジャングルの中でオアシスの様に佇む神社を横目に商店街を抜けると、ゲームセンターや映画館のある筋へ出る。目的地は映画館だ。「いつの間にかプルタブが分離式じゃ無くなったよね」などと恥ずかしさを紛らわしながら、同じ缶のウーロン茶を交互に飲みながら歩いた。


 静岡の街は友人のYくんと何度か来ているので、とにかく田舎者っぽくない様に全力を注いでいた。彼女にも抜け目の無さを全力でアピールした。14歳の頭脳を駆使して。何となく映画を観に行こうと誘っていたので、演目は着いてからその時やっているものにしようという事になっていた。しかし私の中での演目は既に決まっており、時間もチェック済みなので、辿り着いたらその映画が運良く始まるはずである。14歳はそこまで計算していた。


 映画館の受け付けでチケットを買おうとしたその時、大きな看板が二つ、二人の目に飛び込んできた。「耳をすませば」「ウォーターワールド」。しかも同じ時間帯である。まずい。と思った。私の中で、偶然始まるはずの映画は一つであり「ウォーターワールド」は論外だ。字幕だし。初デートでわけのわからないSFを見るなど論外だ。偶然やっていたのがアニメで、しょうがなく「耳をすませば」を見る。それでよかったのだが、そうも行かなくなってしまった。「どっちが観たい?」彼女も決めかねている。時間がない。「耳をすませばにしよう。」などとは、恥ずかしくて言えない。そういう年頃なのだ。「コイントスで決めよう。」私がそう言うと彼女もうなづく。天に祈った。「どうか耳をすませばにしてください。」と。10円玉が宙を舞った。


 あの日の帰り道で覚えているのは、字幕スーパーにも内容にも全くついて行けなかった無念と、「あの女の子、すごかったね。」「うん、そうだね。」という感じの会話だけで、映画の後にぶらついたはずの静岡の街のことも、帰りの電車の記憶も今のところ全く甦ろうとしてくれない。当時よく流れていたウォーターワールドのテレビCMだけは、今でもなんとなく思い出せるというのに。そして10円玉は、はっきりくっきりと10円玉だったと思えるのに。


 地元へ帰り、川沿いの道を二人で歩く。気がつけばもう、橋の向こうは彼女の家だ。夕方だけど、まだまだ陽が高く明るい。「ここでいいよ。」という言葉はあの日以来、嫌いになった。そして別れ際に振り向かない女の子を見ると、今でも切ない。夏休みが終わり、友人にちゃかされる事も無くなった。中3の夏の事だ。ギターを弾けていたら、きっとその年がシンガーソングライター元年になっていただろう。


 翌年の夏、早々に金曜ロードショーで放送されたそのジブリ映画を、私はたまたまつけたテレビでみかけた。始まって少し経っていたけれど見続けた。冷房をよく効かせた部屋に、裏の田んぼから聴こえる虫の声。ポケベルが全盛期でみんなが広末涼子に夢中だった高1の夏。ブラウン管のテレビデオからは、中3の夏と恋と夢と、坂の町、そして団地も描かれた、これでもかという青春のストーリー。そして甘く切ない程に、もう一度繰り返そう、’’甘く切ない程に’’あの日同時上映をしていたウォーターワールドに腹が立ち、ケビンコスナーにはもうしわけないが、彼にも腹がたった。あの日、この映画を見れたならば運命は変わっていたかもしれない。本気でそう思う15の夜だった。盗んだ自転車でビクビクしながら走り出すのが関の山だった15の夜である。そのあとも彼女のことは通学の電車でたまに見かけたけれど、話をしたのは一度きりだ。


 多摩ニュータウンの団地を何となく走り抜けるのが惜しくて、コンビニに立ち寄る。’’中学生くらいのカップルがたむろしている。’’とかなんとか書きたいところだが、たむろしていたのは小学生の男の子たちだ。きっと団地の子だろう。5人くらいでスターウォーズのポスターを指差し、人気投票をしている。R2D2の後継であろうロボットが一番人気だ。私もかつてのバンドをR2という名にしていたくらいだから気持ちは分かる。


 あれから20回目の季節が始まっている。カントリーロードを口ずさみながら丘陵のアップダウンを繰り返して、ヤフオクの出品者のもとへ。ふと川沿いの道へ出る。見覚えのある景色は、映画で出てきた川沿いの道に違いなかった。もう一度カントリーロードを口ずさんでみる。


今夜からまた一段と寒くなりそうだ。