sketch/2015.12.16【そらみみ】

夜な夜な行く店は、実に見晴らしが良い。大将の指先から生み出される美しい料理は、回復へ向かう私の体に優しく染みる。「今年は忘年会が少ないみたいですね。」などとカウンター越しに話しかけてくる。「わたし、忘年会嫌い。」などと連れはぬかしている。僕は大好きだのに。と胸の中でつぶやく。粕汁にシャケの入ったお通しが、すこし早い年始の香りを漂わせている。今日の出来事をうち明かすとぎれとぎれの会話の隙間に、後ろの席のたぶんカップル未満の酔った二人のはしゃぎ声がうるさい。うるさいんだけれど、和む。対照的に、公開中の映画のチラシを眺めて「これもリリーフランキーだね。いいとこ取りだね、リリーフランキー。」「だね〜。」どこにも繋がりそうもない会話に糸口をさがしていると、ふいにカウンターから出てきた大将が手にしているのはその映画のパンフレット。「大将、見たんだね。」受け取ったパンフレットをめくりながらリリーフランキーの話もなんとなく続き、九条ネギの肉巻きのあとには、スルメイカの野菜炒め。最後にしめ鯖の寿司が出てくると、カウンター越しからまた、「少しサービスしときました。」と、再びの大将。間髪入れずの配膳女子は「お茶をお持ちしましょうか?」と、いつも通りの優しい声色。ぐるりと店内を見回す。いつの間にか、たぶんカップル未満の二人の姿も無く、スピーカーから流れてくる曲に耳が行くほど静かだ。その背景には換気扇のまわる音と冷蔵庫のコンプレッサーの音がする。「今日はお酒はいいの?」コンビニで本を立ち読む私に問いかける声。「うん、今日はお酒はいいんだ。」商店街のポスターも季節感が全面的に打ち出され、ご当地のゆるキャラ達も忙しくなりそうだ。小雨が降り出している街を歩く。お通しの粕汁に効いていたゆずの香りがほんのりとフラッシュバックする。「わたし、忘年会嫌い。」そらみみまで聴こえてくる。