sketch/2016.1.12【倉庫になったアトリエ】

 珈琲店の二階は屋根裏を改装したような部屋で、食材の山の向こうには、埃をかぶったキャンバスが所狭しと並んでいた。その中の一つは、いつでも続きを描き始められるような格好でイーゼルに立てかけてある。


 俳優を目指しているという私の指導係に、この店のオーナーが絵描きだと教わったが、描きかけの絵はいつになってもそのままだった。オーナーと店に立っても、なんとなくそのことには触れなかった。


 オーナーは仕事に厳しい人だった。理不尽な指導には口答えもしたが、後味はいつも悪く、そんな日は珈琲も煙草もよく進んだ。


 哲学という言葉に身を寄せていた時代のこと。


 今、筆を置いた絵描きの気持ちが、分からなくも無い。


 長く伸びた左手の爪を見て、埃をかぶったキャンバスたちの光景を思い出す。あの絵は今も描きかけのままなのだろうか。そもそも描きかけだったのだろうか。


 東京では初雪を観測。入間はやけに湿度の高い寒空。