sketch/2015.12.20【師走の夜道】

夜の道を歩く。坂道を下りきると入間市駅だ。夜風にこめかみがキーンとなる。ニット帽をかぶってくれば来ればよかったと後悔しながら、思い出した様にダウンのフードに手をかける。体の芯まで冷えきってしまい、「帰りはタクシーを捕まえよう」とブツブツ思いながら歩く。この坂道を歩くのは何度目だろうか。


 年が明けた1月9日でこの町に来て9年が経つ。2006年の丁度今頃は、イギリスにあるノキアのエージェントから私の口座に大金が振り込まれた。そのすべてが引っ越し費用に消えたお陰様で今の私があると言っても過言ではないだろう。毎年この時期になると、私の人生の中でもかなり幸運だった出来事を思いだし、いつまでも過去の栄光に浸るのだ。師走の酔っぱらいには充分すぎる酒のツマである。


 しかし残念なのは、肝心の楽曲と映像が使用されなかったという事だ。返してくれと言われても、私上最高額のギャランティーはもう無い。社会に出てからもバブル経済の恩恵に預かったことのない私だが、世界的な大企業の恩恵には触れることが出来たのだと思うと、目頭が熱くなる。実際、夜風はますます冷たく目頭は熱くなるどころではない。そして、アジアの片隅のミュージシャンと契約書を交わし、大金を振り込んでしまった担当者の進退も気になるところだ。


師走の夜道である。