sketch/2015.3.10

カレーを仕込む。傍らでジンジャーシロップをこしらえる。外は風がつよい。夕方まではストーブ要らずの陽気も、夜は冷え込む。寒さもラストスパート。

sketch/2015.3.9

エアストリームの磨きが滞って4日経つ。レシートの山もすこしずつ積もって4日経つ。CDの音が止むと、加湿器の音だけがする。整然とした店内の裏のデスクには、仕事が山積みになっている。明日はまたカレーを仕込もうか。玄米を炊こう。サラダを小豆島のオリーブでたべようか。TO DOを洗い出して、生活を再開しよう。ちらほら訪れるカフェのお客さんと、急に強く降り出す雨。店を閉めて食事に出かけてそのあと。気がつくと午前4時。

sketch/2015.3.8

珈琲や食事が振る舞われる。用品店には春夏の服も並び、アロマの良い香りもしている。演奏も一時間を超えると、ぐずりだす子供もいる。あるいは寝てしまう子供。はたまた、演奏を聴き続けてくれている子。ソファーの寝顔を見ていると、親でもないのに愛おしい気持ちになる。日が暮れて、ゴミを捨てに行く。手をつないで歩く彼の目に、この街のゴミ集積所までの道のりは、どんな風に映るのだうか。同じような家が沢山並んでいて、カフェを何件か通りすぎ、花屋もあって、同じような家の形をしたゴミ集積所までの道のりの事を、明日には忘れてしまうのだろうか。 大人になっても、ふいに思い返す風景がある。なんでその場面を覚えているのだろうか。意味はあるのだろうか。 帰り道で、その手は走り出して僕を置いて行く。扉に手をかけてから、こちらを少し見て、あかりの灯ったguzuriに入って行った。

sketch/2015.3.7

本日のレコーディングに持ち込まれた夕食の献立は、酵素玄米と大豆ミートのカレー。食べていると体が喜んでいる感じがする。そういう食生活がしたいと、体が求めている気がする。深夜のコンビニで、カップヌードルのトムヤムクン味を手に取る。店内をうろうろする。やっぱり棚にもどしてしまう。ここのところ、そんな日がよくある。

sketch/2015.3.6

楽器に耳を近づけるとマイクをどこに立てて良いか分かる。ピアノも、音楽性や弾き手によって良い音がする場所が違う。そして、素晴らしいボーカリストの歌を生で聴ける宝物のような時間がゆく。

sketch/2015.3.5

二十歳で発症した花粉症、この頃はずいぶん良くなった。自転車に乗れば汗ばむ程の暖かさが、春の訪れを感じさせてくれる。いつもは車で走る井の頭通り。自転車だからといって、車の時と印象はあまり変わらかった。スピードに乗る。ふいに歩道との段差でギアが外れる。自転車を停めてギアを付けると、油で手が黒くなった。永福町の踏切で、たまに乗る井の頭線を見送る。これまで生きて来て、始めての気持ちに出会うのは、春が多い気がした。

sketch/2015.3.4

新狭山の定食屋。晴天のドライブ。風向きによって変わる飛行機の離着陸コース。ジェット機の高音とプロペラ機の重低音が交互に飛ぶ。太陽の下では上着の必要が無い季節がやってきた。1時間程、アルミを磨く。アルミは白く錆びている。コンパウンドと青棒で磨く。インパクトドラーバーの充電待ちの時間は手袋で蒸れた指でギターを弾く。夜はまだまだ冷える。guzuriでケーブルを巻き、食器を洗う。次回の録音の準備をしていると日付が変わる。

sketch/2015.3.3

レシートの山を片付ける。きっとまたすぐに山になる。毎日少しずつ山になる。とりあえず、アルミは磨いた。夜になると雨。明日は暖かくなるらしい。guzuriの撤収のち、炭酸泉につかり、エアストリームへ。ターキーのロックを飲みながら、あいつとなんでもない話をしていると、すぐに酔っぱらった。ギターをもち、時計をみると午前3時を回っている。雨音が響く。雨漏りはしていない。明日は暖かくなるらしい。

sketch/2015.3.2

3月も滑り出している。今日から一日に1時間程度、エアストリームの磨きを始めてみる。車体の白いくすみはアルミの錆。1976年以降のくすみが体積している。光るまで骨が折れる。 そして、毎日少しずつ、という単純な事を他にも増やして行こうと思う。たとえば、毎日1品常備食をつくるとか、毎日1カ所大掃除そうじばりに磨くとか。とは思うが、1月末から未処理のレシートの山を見て、無理かもしれない、と思う。

sketch/2015.3.1

今日のレコーディングのお菓子コーナーには、玄米煎餅。書いてある言葉にドキっとする。「人間の体は、私たちの食べた物だけでつくられています。」とかなんとか。そりゃそうだが、知っていたけど、あたりまえだけど、これからの生活に響く言葉。