book diary
先日発売されたばかりの、孫崎享[著]「戦後史の正体」読み終えました。
この本は、戦後の日本史を<アメリカからの圧力>を軸に書かれた本です。
これまで、日本の言論界では「米国の意向」について論じる事はタブーとされていたようなのですが、そういう視点で日本史を語る本はこれまでに無かったとのことです。
読み進めていくと、僕たちが教科書で学んだことの「なぜ?」が沢山つまった本でした。
正直、この国が敗戦国だなんて実感したことはこれまで一度も無かったのではないだろうか。戦後最大の好景気の時代に生まれた僕は、戦争に負けた事が、今の自分にどんな影響があるのかなんて考えもしなかった。
思い返すとさまざまな事件やニュースがあった。
とぎれとぎれの時代の出来事が繋がっていく。
膨大な資料に裏付けはされていますが憶測の部分もありますし、真実ばかりでは無いかもしれません。ただ、知ることで今の日本がより鮮明に見えてきます。あたりまえですが、戦後からすべて繋がっていて今がある。(もちろん戦前からも)
この「戦後史の正体」は、そのまま「今の日本の正体」だと思いました。
なぜそう思うのか?
それは、これまで疑問に思っていたことの、つじつまが会うんです。
短命な首相、沖縄米軍基地の問題や、領土問題、円高、日本経済低迷、原発問題などなど。
上げていくときりがないのですが、多くの事が米国の圧力が大きく影響しているということ。
国の中の見直しよりも、米国や他国との国際的な問題を解決に専念した方が、日本の為に良いのではないかと思ってしまうほどに。
政治家をいくらせめてもこの国の現状はどうにもならないのは周知のとおりですが、記憶に新しい出来事ですと、
沖縄の普天間基地問題(普天間基地を国外、最低でも県外と公約)
鳩山政権が約束を守れず失脚しました。
この問題は、1951年に交わされた日米安保条約に行政協定というものがあり、米軍基地のあり方についてはそれが大きな根っこになっているので、そこを改善しなければこの問題は前に進みそうにありません。(詳しくは本を読んで頂けばわかります。)
僕らの印象は、「鳩山首相は約束を破った。」です。では、その当時、外務省や役人マスコミは、普天間基地移設はどうしたら可能なのかを一生懸命模索したでしょうか?
結果だけを大きく報じないで、なぜ不可能になってしまったのかを考察することが大切なのではないかと思います。
その裏側にある、国際的な問題を解決できる政治やメディアや世論を望みたいです。
国民が自分の国の歴史と向き合い、政治に関心を寄せ、マスコミが報じる印象だけの情報を鵜呑みにせず自己判断出来るような見識を持つ事。
世界情勢と米国の都合はそのまま日本に飛んでくるという事実。それを回避出来ない日本の現状。
報道機関や日本の検察などが、もともと戦後のGHQから始まっているという事なども始めて知りました。
まだまだ僕自身、見識は浅いです。
戦後の日本の政治の背後にあったのは、アメリカだったということ。
多くの人が何となくわかっているのだと思うけど、始めて具体的に歴史と照らし合わせた証拠に基づいた事例を突きつけられ、とてもショックでした。そして、面白かった。
既存のメディアの報道をみても、僕らはますますこの国に疲弊した思いになっていきます。それでも、どうしてこういう国になったのか、原因がわかると見方が変わります。
鳩山政権が米軍基地問題で失脚して以降、管、野田政権は日米の関係を良くしようと必死のようです。
僕は原発の再稼働だって、日米関係が大きく影響しているに違いないと思うのです。これだけの事故や民意にも関わらずの再稼働。安全が確認されたなんていう言葉は飾りにすぎないと思います。
きっと後々、なぜ再稼働に至ったのか本当の事がわかると思いますし、そもそも原子力政策事態は米国との関わりから始まっています。
1954年のビキニ環礁水爆実験で、第5福竜丸が被爆した際にも、大きな反原発運動が起こりました。当時、マスメディアを使い平和利用という形で原子力はクリーンなイメージに塗り替えられていきました。
翌、1955年原子力基本法ができます。
1952年にはアイゼンハワー大統領によって、「平和の為の原子力」という演説が行われています。
当時の民意と被爆国家日本としては、原発などあり得ない事だと思うのですが、原子力の平和利用という逆手にとったイメージ戦略により、この時代でも見事に米国の意向に沿った政治が行われてしまいました。
また、日米安保の学生運動の背景もとても興味深かった。
実際どれだけの人が本当に安保条約の背景を知りながらデモに参加していたのだろうか?という事を考えた時期はありましたが、その後調べたりはしていませんでした。
答えは、「デモ参加者のほとんどが、国際政治及び国際軍事に無知であり、無関心ですらあった」という事。
結局学生運動が大きくなった背景には、当時の岸信介首相おろしがありました。
岸内閣が崩壊すると、マスコミは一斉に運動の沈静化の流れに傾きます。そして、若者や労働者達の熱も見事に沈静化されてしまいます。この時代、もしも背景を知り、本当の意味で日米安保を考える運動であれば時代は変わっていたのかもしれません。
近年、郵政民営化や公務員の削減、公共事業の見直しなど税金の無駄を減らす政策が進められていますよね。国民の税金を無駄遣いしては欲しくないのですが、なんだかこの国の首を絞めているようも思えてきました。もちろん公共事業の談合などは良い事ではありませんが、国内のお金の流れを滞らせることがはたして良いのかと。
実際民営化されたゆうちょ銀行の資金で、米国債を3千億円購入していたり、民間に流れると思っていたお金も結局そういう事になっています。
そういう事実を知ると、米国債を買う事になんのメリットがあるのか、もしくは買わされているだけなのか?という事が気になっていきます。
最後に
孫崎享[著]「戦後史の正体」は上杉隆氏のU3Wというネットメディアで知りました。(毎週ギターを弾きながら拝見しています。)
僕たちは自分の意思で情報を手に入れ考察し、判断する手段を誰でも許されている。そんな時代です。
そして、それは始まったばかりですし、結構しんどい事かもしれません。
僕は歌をうたいますが、その前にこの国で生まれ育ちました。
この唄は誰が聴くんだろう?
なんで僕は歌うんだろう?
そんな事考えずに始めたけど、どうでも良くなるときもあるけれど、答えを出しては壊し、出しては壊し、やっています。
正しいか正しくないかなんてわからないけど、その時その時で正しいと思ってやっています。
このような考察もしかりですが。
このブログを読んでくれた方の10人に1人でも、100人に1人でもいいです。
心に新しい灯火が生まる事を願っています。
この本はきっと、志のある市民の声をより力強いものにしてくれる気がします。
あとがき
たまにはこういうbook diaryを書けたらと思いますが、アルバム制作もかなり進んできていまして、一番頭が冴えている時期に入っています。前回のアルバム制作のときも、頭が冴えて本とか読みまくっていましたが。冴えてくると、同時にいろいろな事をやってしまうという性分なのかもしれません。
ご意見ご感想、なんなりと。
さて、ミックス作業始めます。
WOOD WORK caravan in senkiya
しばらく雨の日がつづいた後、台風が沖縄あたりを北上しはじめたその日は、朝から残暑の日差し。
埼玉県の川口市は植木屋さんの町だとききました。
senkiyaさんのホームページには
「埼玉県川口市にて家業である植木屋「千木屋」を夫婦でsenkiyaに。 現在もこの一軒家を改装しながら、不定期でカフェ、雑貨店、ギャラリーをオープン。 建物内には、sunshine to you!のアトリエ&ショップも併設。 他にも様々なクリエイターが工房や工場などを構えている。 年に数回、senkiya全体を使った音楽イベントも開催。」
とある。
そして遠い田舎のおばあちゃんに会いに来たような佇まい。
古い木造住宅とWOOD WORKの家具たち。
そして縁側には、以前来た時には無かった(一度PAでおじゃましている)広いテラスが出来ていました。(WOOD WORKの職人さんと、senkiyaさんの廃材で作られている。)
当初、この日は陽射しが強そうなので中でやろうかと思ったけど、思ったより夕方は木陰になり涼しくていい感じ。このステージ作成の経緯も当日知ったので、外でやることにしたのでした。
WOOD WORK製の椅子に座り、夕暮れが気持ちよく進む
レコ初以来のバードコールも心地よい鳴き声
WOOD WORK は工房から飛び出して、新しい人たちと繋がっていく。
沢山の準備期間と気持ちがこもった、このイベントの大切な時間をいただけて感無量でした。
そして、WOODWORKの皆さんやsenkiyaさんの心使いにも沢山学ぶ所があり、そんな気持ちに答えるべく、またお会いするまでの日々を過ごしていこうと思います。
沢山の人たちとの、初めましてから
時間を積み重ねていく事の喜びは、尊いものですね。
ありがとうございました!
3 years
2008年の夏から、ほぼ毎回ライブに来て下さりポラロイドで録り続けてくれている方がいます。
およそ3年間を、一冊の本にまとめて下さいました。
データ管理が主流のこの時代に、毎回試行錯誤しながら古いカメラでの撮影。時にはカメラの故障なども。
もう無い景色や、思い出の場面。
今の所、世の中に出回ることはありませんが、こうして記録して頂けていたということがありがたく、ほんとうに宝物です。
僕は確かに居たんだなって、、自分の事ながら他人事のような、不思議な気分。
3years by Taniai Kazuaki
夏のはじまり/ 高知と西千葉
夏のはじまり
夏が始まる前の雨の時期に、西麻布のRainyDayでライブをしました。
雨を楽しもうというコンセプトで行われた数日間のイベントのうちの一日が、water water camelと僕のライブだったわけです。
企画発案は、フリーの編集者で、企画、執筆などもされている熊谷充紘さん。RainyDayの林下さんとイラストレーターの小池アミイゴさんの協力で、僕たちのライブが実現しました。
開場のRainyDayはSWITCHという雑誌の出版社のビルの地下にあるBOOKCAFE。
山梨と埼玉の少々田舎住まいの2組には大都会。
リハーサルの後の屋上は、もう打ち上げしてくれと言わんばかりのロケーション。
しかし東京にいるのに、なんだか東京にいないような空気感があって不思議な気分。
林下さんやスタッフさんの気配りや、アミイゴさんの音作りへのこだわり、熊谷さんのイベントへの思いが、開場に溢れていました。
そしてそこでも、協力して楽しもうという気持ちに、打ちのめされたわけです。
それぞれの持ち場に、なんと言うか、気高いものを感じるというか。そんな現場。キャメルのライブもそうだった。
この夏は、
自分にできない事は何か、
そればかり考えた。
できない事ばかりを積み上げたら、どこまでも積もっていきそうで頂なんて見えっこないけど、新しい事が一つ出来るようになる度に、頂の見えない山が「宝の山」に見えるようになった。
公園で遊ぶ子供達がどんどん成長する
こっちだって、負けないくらい、毎日を新しい事で満たしていきたい。
がおー
がおがおー
がおがおがおーん
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高知と西千葉
笹倉さん、高知いきませんか?
いきたいですね〜。
たったそれだけで決まった高知行き。
西千葉にあるCafe STANDの企画で、高知へ行ってきました。STANDと縁の深い高知のミュージシャン園部信教くんとの共同企画。千葉と高知に縁の深い、ううじんさんも参加。
STANDのカレーやお酒なども、高知へ出張喫茶。
開場は古い蔵を改装した場所、昔は藁(わら)を保管していたそうです。「蛸蔵」
園部君、ううじんさんとの組み合わせは2年か3年ぶり。アンコールで3人で歌うのがとても心地よかった。
打ち上げは、この日かき氷屋で参加の「terzotempo」にて「歩屋」のあゆみさんのごちそうを堪能
翌日は、急遽terzotempoで歌わせてもらう事となり、呑みながらの2時間。汗だく。
高知へは3泊4日
STANDの塚本さんははじめスタッフのみんなとの、なんだか慰安旅行の様なたのしい珍道中でした。
terzotempoの佐野君は同い年。甲府のパタゴニアやキャメル達との縁の繋がり。松坂世代のこれからの展望と夢。
歩屋のあゆみさんは、なんだか昔からの友人のように。きっと沢山の人の心を人柄と料理で暖めているのだと思った。
園部君も、ううさんも、相変わらずやさしくて強い歌を聴かせてくれた。
ふたりが素晴らしい唄うたいという事はまちがいないけど、沢山の場所で愛される人、である事も再確認しました。
terzotempoでのライブを協力して頂いた、園部君マネージャーのみどりさん。 ライブ会場でお店を出して下さった、「akiten」「kikoni sisko」「かっぱまわり」「まーさん堂」「雨風食堂」「美味しい日付」「risku」の皆さん。
たくさんの方々の協力と、楽しもうという気持ちに打ちのめされました!
園部君とSTANDの塚本さん
すげーな〜って思います。(ジーーーンと)
good day to you !!
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高知の3泊4日の珍道中はSTANDの塚本さんのtwitterでもお楽しみ頂けます。
https://twitter.com/cafeSTAND
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そして、からっぽ。
からっぽは気持ちがいい。
空っぽになると勝手に新しいものが入ってくる。
心も体も、一度からっぽになるといい。
からっぽになると清々しくて、最近くせになっていますが。子供の頃は毎日限界まで遊んで体を随分酷使していたなあと感じます。だからこそあんなに毎日がキラキラして、新しい事の連続で、心と体が繋がっていたんだなと思うのですが。
からっぽになって気がつく事は、無くしてしまったと思っていたものはまだまだ僕らの中に眠っていて、いつまでたっても成長期、そして青春は終わらないものだと思えてきます。
呼吸と同じで、はきだせば自然に新しい空気が入ってくる。
あたりまえは、実感すると、世界をひっくり返してくれますね。
三重菰野、大阪、浜松
梅雨末期の豪雨から、一気に夏へ向かったのに、昨日から梅雨が忘れ物でもして戻って来たかのよう。
三重菰野、大阪、浜松の旅から帰り、疲れがどっと出る前にいつも通りの生活へシフト出来るようにと、帰宅直後から草刈り、そしてプールで汗を流したのでした。
やらなければいけない大工仕事の為に、材木屋にいーにっさんを一束注文したとたんの雨。テラスに屋根があってよかった。
今朝は昨日つくったグリーンカレーを温めながら、旅の事を振り返ろうと思う。
14日早朝。土砂降りの真夜中を、三重県菰野町へ向かって走った。 早めに菰野に着いたので、リサーチしておいた町のプールで日課をこなす。
snugさんへ着くと、藤田さん夫妻と約2年ぶりの再会!息子のあおくんも大きくなっていてよくしゃべる〜。
始めてのsungのライブでは、彼はお腹の中で、二度目は生まれたてのとき、三度目の今回はしっかりした眼差しで向かえてもらいました。今度会うときはもっと元気で活発なんだろうな。楽しみ!
いつも、菰野に住むかっちゃんとこっちゃん(勝手に呼んでます)に企画をして頂いているのだけれど、今回は昼の部と夜の部の2部構成!
昼間は、お母さんと子供たちが鈴の着いたアクセサリーを作るワークショップの後に、鈴を鳴らしながらライブを楽しもうというもの。子供達が元気良くって、僕もニコニコで歌った。
夜は、中華風クレープに具をまきまきして食べながらの晩餐ライブ。長ーいテーブルのお誕生席に座って歌いました。同じテーブルをかこんで、生の声が届く距離でのライブ。この距離感、じつは一番好きな距離感。マイク無しでできたら、僕はそれが一番好き。ここに自分がいるってわかるから。
夜はsnugさんに泊めて頂けたので、打ち上げは近くの温泉の宴会場。 時間ギリギリセーフで辿り着き、スタッフやみんなでわいわい食事と温泉を満喫しました。
真夜中のsungで藤田さん夫妻、スタッフのmahoちゃんとアイスを食べながら、菰野が持っている時間の流れが、とても好きになりました。
僕にできる事、それは次にお会いするときまで、みなさんの気持ちに恥ずかしくない演奏でお返しできるように、壮絶な毎日を過ごす事でしょうか。
翌朝、みんなでモーニング。
ありがとう!また会いにいきます!
15日。じわじわ上昇を続ける気温と共に、大阪へ!
浅野ハウスへ着くと、ベランダで水浴びをしている玉ちゃんと、リラックス全開のマヒトさん。
たいしくんと、みほさん夫妻(あえてフランクに書いてみます)お世話になります!さっそく昼食のベーグルとラタトゥユを頂く。 このあと2日間、何度もみほさんの手料理を頂く訳ですが、どれも絶品でたいしくんと玉ちゃんがうらやましいかぎり。
さて、hosi-jirusiさんでtoncoちゃんと合流。
お店の娘さんの、しのちゃんと玉ちゃん。子供2人だけで相当な爆発力。平和だ。
今回大阪では2公演。
1日目は、浅野大志+美穂、tonco 2日目は、浅野大志、藤原マヒト
それぞれのライブを堪能しました〜!
そして音楽を聴くという事は、とくにシンガーソングライターの場合は、その人を聴くという事なのだなと、改めて思うのでした。
浅野夫妻、toncoちゃん、マヒトさん、それぞれの見ている世界、感じている世界。普段接しているだけでは知る事のできない世界がそこにはあって、大真面目にそれを表現するという姿がなんだか誇らしげに思えました。
大人になっていく過程で、大真面目さをどんどん失っていくけど、まだまだ大真面目な自分にも気づく事ができた。
おめでたい31歳です。
15日のライブ後にはけん玉の認定試験が行われ、見事1級の資格を手にいてました!
1級の技の動画はこちらで
http://www.youtube.com/watch?v=q4lcXVhh2dQ
この日PAもしてくれた、けん玉の師匠松沢さんのお陰です。うれし!
hoshi-jirusiの真吾さんも5級。いろいろお世話になりました!
両日ともにライブ後、花火をして終了!お店の裏は車もあまり通らないし、ゆっくり楽しめました。
夜は2日ともに浅野ハウスで打ち上がり、みほさんの手料理とお酒。そして念願の大浴場。
もうありがたいとしか言いようがないのですが。
僕にできる事、それは次にお会いするときまで、みなさんの気持ちに恥ずかしくない演奏でお返しできるように、壮絶で大真面目な毎日を過ごす事でしょうか。
大志君みほさん、玉ちゃん、お世話になりました! マヒトさん、toncoちゃん、ありがとうございました!また近々!
17日。真夏の浅野ハウスを後に、お伊勢さんへ。
2度目のお伊勢さん。きゅっと身を引き締め、日々の誓いを立てるのでした。
18日。浜松西インター付近にプールを発見!
午前様から2時間、たっぷり追い込んで、お昼にうなぎ〜!
流れるプールが気持ちよすぎたお陰で、日焼けしすぎ、、肩から背中が今もヒリヒリしています。
エスケリータ68。
プールで追い込んだ後、しかも長距離運転後。でもしっかり疲れずに歌えるようになってきた! (5年後の超ハードなワールドツアーに向けて一日たりとも抜かるんではいられない。)
終演後、気がつけば2時間くらい後藤さん夫妻とらいおんちゃんと立ち話。(座ればよかった)
ちゃんとミュージシャンと向き合って話をしてくれる大切な場所だと、改めて思うのでした!
そして出発!
牧ノ原SAで力尽き就寝。
19日。日の出とともに東へ。沼津で駿河丼は朝食。初夏の御殿場高原を抜け、談合坂SAで談合についてもんもんとし、スタバのライムジュース。
入間に着き、草刈り、プール。
近所の居酒屋で、思いっきり呑んだ。
2355では、ミカヅキモが流れた。酔っぱらって自慢した。
今朝はグリーンカレーを食べて、珈琲をいれて、旅を振り返った。
30代のうちにやりたい事を実現する為にはって思うと。
ぞくぞくする程、できていない事ばかり。
そして、やれると思っているから楽しい。
小学生の時、プロ野球選手を目指して
高校生の時、プロテニスプレイヤーを目指した
今、あの頃よりも強い気持ちで毎日を過ごしている。
人とふれあうたびに、そんな気持ちが強くなるよ。
ありがたいな.
気を抜くと、安心してしまうから。
今日も力つきるまでやるだけ。
力尽きるまで。
千年一日珈琲焙煎所
前回のライブからもう2年くらいたつのですね。
今回は、中村まりさんと。
千年さんは、床がいいです。古い足場だった木を使われています。(前に大坪さんに聞きました)
心地よく音が響きます。
音は環境で響きがぜんぜん違うから面白いですね。いろいろな場所で演奏するうちに、毎回各会場の音が楽しみになりました。
本当に全然違う。
響きにくい場所でも、ちゃんと共鳴するポイントがあって、そこを探り当てた週間は、やったぜ〜って感じになります。そんな風に楽しんだりもしています。
リハ中のまりさん。
く〜! 素敵です!
この日から関東はどうやら梅雨入りだったようで、湿度がグンと上昇。
でも,僕は湿度の高い珈琲屋が結構好きです。
湿度が高いと、香りがよく立つ気がして。
この日の珈琲もとてもおいしく頂きました。
僕はここ数年、中村まりさんと共演する機会が一番多く、いつの間にか二人のレパートリーも増えてきました。この日は5曲。
彼女とのライブをする度に、刺激をもらって、よい勉強をさせてもらいっています。
間違いなく日本でも指折りのシンガーソングライター。
これまで二人の共演を実現させてくれた皆さまに感謝しています。
今回は千年一日珈琲焙煎所の大坪さんの計らいでした。
演奏後に手作りのベーグルとスープまで頂き感無量!しっかり食べたので、休憩無しで帰れました。筑波までは、夜だと2時間かかりませんでした。
また、ぴゅんと行きたい場所です。
ありがとうございました!
小さな宇宙の音楽隊と
夏至の朝。蒸し暑い東京駅八重洲口。
伊賀さんと待ち合わせ仙台へ向かう、ほとんどしゃべりっ放しの5時間半。
仙台に着陸して、ヨウヘイさんと牛タン!そしてリハーサル、本番。
あっという間の一日。
夏至、太陽の恵みが、一年で一番長く降り注ぐ一日。
時間の流れもまた、恵みなのだと感じました。
小さな宇宙の音楽隊は、ろうそくの灯りと、ビールの心地よい酩酊感のなかで、ぼくの心を何度も救ってくれました。音楽は、そういう力がある。音楽を信じられるって心地。
左から克くん(g)伊賀さん(b)ヨウヘイさん(vo.g) 佐々木さん(per) 加藤さん(sax)次松さん(p)
初めましてのSENDAI KOFFEEさんもとってもここち良い空間でした。
僕は、克くんと、伊賀さんと、加藤さんと「steamroller」というブルースナンバーをセッション。
音を出すって事は、人と繋がるってことだって感じました。
半年ぶりの仙台。
4度目だけど、もっと来ている気がする。
それだけ、仙台で出会う人達との時間は育まれているんだなと思う。
去年guzuriで録音されたタカハシヨウヘイさんのアルバム「timeless talkin」発売中です。
たけしくん、あそぼ!第5回
東京60WATTSのVoのたけしさんが入間に引っ越して来てしばらくたちます。
入間のSO-SOで行われているイベントの第5回目は野外編〜
前日までの雨も見事に晴れて快晴!
バーベキューとライブとピクニックと盛りだくさんのイベントでした。
この開場の準備から、設営、お客さんの誘導からライブまですべてを仕切ったたけしさんはすごい〜
それだけ思いの詰まったライブも素晴らしかったです。
ライブ後の撤収に至るまで、本当におつかれさまでした!
SO-SOのスタッフも夕方には真っ赤に日焼けするくらい熱ーい一日、おつかれさまでした〜
太田さんのPAも素晴らしかった〜
お客さんも、暑い中ありがとう〜
そして、改めてたくさんの方の協力でライブが成り立っているのだと実感!
だからこそ僕たちミュージシャンも、音楽を始めたその日から、ステージに上がるその瞬間まで培って来たものを込めて演奏しなければと思うのです。
昨日の30分という時間は、そんな思いで演奏しました。
また、そんな風にほかの出演者の演奏を聴いていると、とても胸が熱くなります。
心に触れる光景に出会う時、それは数えきれないドラマが凝縮された瞬間。
昨日より、やさしくなれそうです。
とても気持ちの良い一日をありがとうございました!
カウンターの中から
パタゴニアの南喫茶店
カウンター中からの斉藤夫妻の視線はこんな感じだったんだね
いつもありがとう〜!
左手前の彼、沢山話しかけちゃってゴメンね〜
ご来場のみなさん、ありがとうございました!
またいきます〜
そうそう、去年の9月に昌福寺さんというお寺で合宿して、斉藤君とギター部を結成しました。
今回はお寺の住職の堪教さんもライブに来て頂き、ギター部にライブの依頼が〜!
ただただ楽しむ為のギター部。
合宿も、ゆる〜く、うだうだやっておりました。
「ライブもそんな感じで〜」と住職の堪教さん。
二次会とリハーサルが好きだと言う堪教さん。
場所は、お寺の前にオープンしたanuttara(アヌッタラ)という古民家を改装したところでの予定。そこに先日オープンしたnice time cafeのオーナーの中村さんもライブに来てくれていました。
さてさて、時期や詳細は未定ですが、たぶん、そのうち〜
乞うご期待!
レコーディングあれこれ〜インターフェイス〜
今回の録音にあたって、RMEというメーカーのインターフェイス(簡単にいうと、音をデジタルに変換しPCに送る機械)を使いはじめました。
マイクに特性があるように、インターフェイスにも特性があるのですが、僕がインターフェイスに望むのは、マイクの特性を生かしてそのままデジタル変換して欲しいという事でした。
まずはデモ機を借りたので早速録音してみたのですが、とても素晴らしかったので採用となりました。
それもそのはず、NEUMANN(マイクの王道メーカー)ではマイクテストの際に、同じ機種を使っているとの事。
つまり、マイクの特性をフラットに出す優秀なプリアンプとAD変換。
ただ、今までのインターフェイスと使い勝手が違うので、はじめは戸惑いましたが、 生音を録るのがより楽しくなりました。
下の銀の物はUREI LA-4(コンプレッサー)のステレオ使用です。
これも良い仕事してくれます。
でも一番大切なのはどんな演奏が出来るか、ですね。
今日も練習します。
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