sketch/2015.5.9

雨模様の朝から壮大なサンセットまで、めまぐるしく動く空と6度目の小豆島。300年以上も受け継がれてきた農村歌舞伎は、きっと僕らが人生を終えた後も生き続けるのだろう。ほんの瞬きの間、その舞台に上がらせてもらう。きっとまた時間を積んでこの島に来よう。いつでもそう思える、帰りたくなる場所。

sketch/2015.5.8

できるのなら、このまま1週間ほど小豆島に滞在して、リハーサルを重ねてバンドツアーに出たい。気の置けるメンバーと、潮騒を見下ろすロッジで夜を過ごす。立夫さんに伊賀さん、マヒトさんと克彦さん。都会のコンサートではありえない時間の共有。気がつけばこのバンドが始まって2年が経つ。

sketch/2015.5.7

朝の調律の音。洗濯、掃除機をかけて、マイクスタンドのセッティング。ギターと歌。下準備の一日。YAMAHAの音叉マークのFGギターを収集しはじめているが、今日も近所のリサイクルショップで救出。4桁で買える名作ギター。まさに宝探し。

sketch/2015.5.6

陽射しのわりに風が涼しげ。guzuri珈琲店のゴールデンウィークが終わる。相変わらずの暇な写真家とデザイナーが公園でフリスピー対決をしている。勝者はguzuriフリマの200円のシャツをゲットできるのだという。のんきでいい。夜になって録音の下準備をする。guzuriを見回し、もっといい環境を想像する。JTのSqubnocketのDVDを見ながら食事をする。小豆島で見つけた醤油蔵を改装できたら、まさにスクィブノケット岬にあるというJTのスタジオのようになるだろうな。

sketch/2015.5.5

こどもの日。公園は賑やか。guzuriも一日中客足が途絶えない。そういえば去年もそうだった。たしかタウンがテレビに出て、その反動はすごかった。今年はそこまででは無いが、いよいよこの町は観光地になったのだと思った。のんびりとした職人小屋と、お隣の画家老夫婦。休日には向いの洗車場で車を洗う音がしていた昼下がりは、もう8年以上も前のこと。景色が変わってからの方が長いけど、変わってゆく程に原風景を回想してしまうのは、いつの世でも常なのだろう。

sketch/2015.5.4

電波の無い場所に来ると、開放された気分になる。先日復旧させたiPhoneも、本当はもう要らないと思ってる。ここ数年は、手軽さにかける時間だけが増幅していた。大量のカセットテープから開放されたボイスメモには非常にお世話になっているが、本当はその場で譜面に起こす技術が欲しい。ゴールデンウィークの大渋滞は人生で始めてのことで、テレビの中の車の行列を、やれやれと眺めていた事を思い返し滑稽な気分になる。ジーパンに沢山ついた菜の花の花粉の黄色。夜の住宅街に帰ると、夢から覚めたよう。超アナログな事。それに時間を費やせることが、一番の贅沢だという時代がもう始まっている。

sketch/2015.5.3

山深い村の音楽堂まで6時間のドライブ。見渡す限りの山。ふと、空気の存在を意識する。血液に取り込む酸素の存在を、あまりに気持ちの良い呼吸の中で思う。山の祭りと、音楽堂では、羊毛くんのBOCOSとグラーバの演奏。飛び入りで2曲うたう。

sketch/2015.5.2

世間は連休。よく晴れている。タウンは観光客で賑わうも、guzuriは蚊帳の外。看板も店の在処も、目の前に来ないと分からない。誰かが、ここを発見する喜びから始まっている何かをほくそ笑んで、今日も珈琲をおとす。曲を作るのと、なんら変わりのない心境。

sketch/2015.5.1

午前中から夕方までリハーサル2件。森からマヒトさんの流れ。どちらもずいぶん久しぶりに会うはずだけどタイム感は変わらない。明日は早朝の出発予定だと言うマヒトさんと駅まで歩く。虫の音と半袖の姿。夏のよう。寝過ごして池袋から戻って来ないで下さいねと念押をする。日没と同じくして飲みはじめ、まだ夜の早い時間の駅。確実に季節が過ぎて行くのを感じる。

sketch/2015.4.30

本題の撮影の合い間にちょいちょいこちら側を向くカメラ。ちょくちょくPCに送られてくる僕の映った写真。撮影という言葉を飛び越え「描写」をする写真家の姿。濱田英明という写真家の撮影に一日密着して感じたそれは、素晴らしい演奏を目の当たりにした時のあの、喜びが溢れ出す感動と同じなのだった。